まわりみち(仮)

迷子ともいうけどキニシナイ

僕は僕のことが知りたい―ヘミソフィア

音楽の影響ってすごく大きい。モノによっては生き方を見出だすことだってある。今回は僕に生き方を教えてくれた曲のお話。

ヘミソフィア

http://www.youtube.com/watch?v=9f_VB9ONKs0

ご存じのかたも多い曲だと思います。アニメ「ラーゼフォン」のOP曲。高校の時、昼に放送されてたのを観て耳に触れたなぁ。最初は旋律の深さ、美しさに鳥肌全開状態になった。

作曲家の菅野ようこと、歌手の坂本真綾が奏でる曲のひとつ。詳しくは知らないんだけど、この二人は数々の名アニソンを世に出しているらしく、当時は根強いファンがいたそうだ。

歌詞が示す生きかた

強く印象に残ったのが歌詞。ここに「自分らしく生きる」ヒントがちりばめられてる。

僕は僕のことが知りたい。そこ導き出されるヒントは3つ。

経験のタトゥ

人生の半分も僕はまだ生きてない
逆らって 抱き合って
無意識に刻まれてゆく経験のタトゥー

うむ。半分も生きてないなぁ。ここで経験の定義が掲げられてる。

これは嫌いだ!こんな生き方したくない!合わなかった!
と思えば、自分が拒んだものになる。「逆らって」いる状態。

こうなりたい。もっと知りたい!吸収したい!
と思えば、自分が受け入れるものになる。「抱き合って」いる状態。

言いかえれば、自分の中に「何を拒む」「何を受け入れる」のかって意味だろうね。行動・挑戦してみて、ダメか受け入れるか自ら決める。取捨選択を繰り返して、やがては経験として刻まれる。

経験のタトゥって表現、しっくり来るね。簡単に消せるものじゃないし、経験って。

崖っぷち、苦難の先に

崖っぷちに立たされたとき
苦難が僕の腕をつかみ自分自身の在りかが始めて見えたんだ
もっと広いフィールドへもっと深い大きなどこかへ
予測もつかない世界へ向かっていくだけ

崖っぷちに立たされたときって、とにかく必死だ。その場から落っこちないよう、もがきまくる。

僕にとっての崖っぷち。そうだな、卒論期限ギリギリのときかな。「ダメかもしれない!留年かも・・・。でも、ここで落ちたら大学4年で築きあげたものがムダになる。ちゃんと卒業したい!」っともがき苦しんだ。

歌詞にある「在りか」って、自分が落ちかけている「崖」そのものなんだろう。上の例であげれば「卒論を書いている状態」そのもの。苦難を乗り越えようとしている、その場所だ。

結果だけ言えば、卒論は間に合って無事卒業できた。

やればできる自信。物事を知るヨロコビ。様々な視点から観る姿勢。卒論で得たものが景色を変えた。日常が「積極的に知るべきことが多い」フィールドになっていた。

そう。崖っぷち・苦難の先には新しいフィールドがあった。あとは壁を乗り越えまくって、予想のつかない世界を進むのだ。

データを塗り替える

ヒトは歩き続けて行く
ただ生きていくために
不完全なデータを塗り替えながら進む
始まりの荒野を独り もう歩き出してるらしい
僕は灰になるまで僕で在り続けたい

生きるために、みな歩いてる。肝心なのが「不完全なデータを塗り替えながら」ってくだり。

別の表現だと・・・。反省する。勉強する。書き残す。自分の目で見る。etc... 他にもあると思うけど、 つまりは不完全な自分を向上させる姿勢だろう。

どれも、自分の強い意志でやることだよね。何を向上させるかは、己が「受け入れたいもの」じゃないかな。吸収したいことは自然と上達したくなるもの。

自己の「データの塗り替え作業」を続ければ、「灰になるまで僕で」いられるのかも。どんなデータかはおのおの違う、自分だけのモノだしね。

まとめ

3つのヒントは曲の締めくくり

僕は僕のことが知りたい

という望みから生じる姿勢って捉えてる。

自分らしく生きるには、取捨選択して「受け入れた」ものを知る必要がある。受け入れたものは強い意志で向上させる。そうすれば自分の強みになる。逆に、「拒んだ」ものを高めたいと思わないだろう。意味があるとすれば、自分にとって「正しくない・間違った行動はしない」という教訓になる点かな。

吸収したものを深める過程で、苦難を受けることもあるだろう。簡単なことじゃないけど、乗り越えてみよう。越えた先には、今までに見えなかった景色が広がるはず。越えられた者・自分だけに見える世界が。

僕は僕のことが知りたい。己を知り、高めることで「自分らしい」生き方ができる。ヘミソフィアが教えてくれたことは有意義だったよ。

ラーゼフォン - ヘミソフィアラーゼフォン - ヘミソフィア
(2002/02/21)
坂本真綾

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