まわりみち(仮)

迷子ともいうけどキニシナイ

『独学術』:4つの方法と本の再読について

 

どうやって独学するの?

この本を買ったきっかけは、ひとりで学ぶための技術を知りたかったから。

疑問をもつ

たった一つの小さな疑問を追求していくと、巨大な知識の大河に出会うものだ。

学生時代に指導教授に言われた経験があるから耳が痛い...。ささいなことでも気になったら調べると、知識になることって多い。

疑問に感じることを調べることは自発的に学ぶことになる。自分の興味や好奇心から出る疑問なので、自らの意志で行う調査は独学といえる。

多読する

多読のメリットは、たくさん読めば知識が増えることである。あるジャンルの本を読み続ければ、知っている事柄が増えていく。

勉強で読書は不可欠な要素。かといって1冊読んで勉強は終わりじゃない。自分が気になる分野の本はたくさん読む必要がある。

教養を身につける

知識が多いだけが教養ではないと本書は説いている。

(前略)その人間の現実の行いが知恵によって裏付けられた配慮あるものであるときにこそ、教養という言い方が立ち上がってくるものである。

知識がベースになった言動ができれば、教養になると定義している。取るべき行動を知るうえで宗教書を読んでおきなさい...と力説している。宗教書を読んだことがなくて、具体的にどんな行動が望ましいのかわからないのがツライところ...。

宗教書は確かに読むべきではある。しかし、宗教書以外にも思想書、ビシネス書、啓発書など、読んで日常の行動を変える本はたくさんある。読んだことを活かす姿勢があれば、教養が身につくのではないだろうか。

まずは日本語

外国語をやる前に日本語を正しく使うべきだと言っている。

自分が日本語で表現できる事柄の半分しか外国語で満足に表現できるようにはならないということだ。

母国語である日本語がよく分かっていなければ、外国語がうまく使えないと明言している。ということで日本語文法、読解、語彙、文章術を知る必要があるなと痛感させられた。

ちなみに、著者は外国語学習法として文法→多読しつつ語彙と構文を強化する方法を勧めている。位置づけとして、SSS多読方式に文法とボキャビルを足した方法っぽい。

繰り返し読む意義はないのか

昭和の半ば頃まで、「読書百遍、意自ずから通る」と言われてきた。同じ本を繰り返して読むことで意味がわかってくる、ということだ。しかし、そういう不思議なことは起こらない。何度読もうと、意味が徐々にわかってくることはない

著者は同じ本を繰り返し読む行為に対しては批判的である。

ただ繰り返すだけでは内容を理解するのは難しい。一度読んで分からなければ、参考書籍や解説書なりを読んで予備知識を身につける。それから再読で内容を理解することは可能だろう。

本書の中で解説書は読んでも誤解の元なので直接(古典、哲学などの)オリジナルを読むことを勧めている。が、一回読んだくらいで理解するのはホントに難しい...。おそらく知識人でなきゃムリだろう。学生時代にルソーの「社会契約論」を読んだことがあるけど、ほぼ初見殺しな内容で撃沈する始末だった(すいません)。

古典・哲学を理解するためには、外堀を埋めつつ、何度もオリジナルを読み返すことになる。分からない点を潰す、解説書で大枠をつかむ...など具体的なやり方は高橋明典著『難解な本を読む技術』(光文社新書)で述べられている。

複数回読まずして理解はできない...というのが学生時代の教訓なので、ここは著者の考えと異なるね

まとめ

独学に必要な姿勢は

  • 疑問を持つこと
  • 多読すること
  • 教養を身につける
  • 母国語をしっかり理解する

の4点である。独学をやってみたいけど、やり方がよくわからない...という人にはオススメな新書となっている。一方で、繰り返し読みと解説書なしで古典・哲学のオリジナルを読むことを勧めるなど、敷居が高い方法もあるので注意が必要だね。

広告を非表示にする